今日

朝の6時まで学校の課題をやっていて、そこから少しだけ仮眠を取ろうとしたら時計はすでに9時40分を指していた。

幸いにも、今日の午前の講義はいわゆる「聞いていても聞いていなくても同じ」授業である。そこで午前中はずっと大学の課題を遂行した。

 

今、大学の倫理学の講義において、「人間は自由な意志を持っているのか」ということについて学んでいる。

人間の行動は分子レベルから決まっているとすると、私たちは自由な意志を持たないということになる。これが自由意志を否定する立場の主張である。また、自由な意志がないとすると、悪だとか罪だとかいう概念は無意味なものになってしまう。

逆に、世界は物理的な世界と物そのものの世界の2つに分かれ、物理法則などは前者に、意志や理性は後者に属するとする自由意志と決定論を両立させる立場もある。

 

この講義を聞いて、私は意志を持って音楽ゲームをプレイしているのだろうか?と考えた。高校1年生の冬に、何の気なしにjubeatiPod touchにインストールしたのももしかしたら決定されていた事柄だったのかもしれない。しばらく経ってからゲームセンターに趣き、beatmaniaIIDXに100円を初めて投入したのも「そうなる」と分子レベルで決まっていたのかもしれない。

 

というか、私はそうとしか思えない。よく、「もしあの時にしていなかったら」と後悔はするものの、その時のことを思い返すとそうする以外考える余地がなかったと思うからである。

私が逆恨みで絶交を言い渡したのも、ほとんど行っていなかった部活に行くようになったのも、好きだった人に告白したのも、また誰かに告白されて断ったのもすべて決定されていたと、私は思う。